こんなところに93同期!?【第6回】永野千秋君
【 第6回 】永野 千秋 君
プロゴルファー(LPGA|日本女子プロゴルフ協会)
所属:サトーホールディングス
永野 千秋 (ながの ちあき)
1970年 東京都出身
1993年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
1993年 (株)三越入社
2002年 プロテスト合格(74期生)
2005年 ステップアップツアー 『ANAプリンセスカップ』優勝
2016年 レジェンズツアー『LPGAレジェンズチャンピオンカップ』4位タイ
現在はティーチングプロフェッショナル資格A級、LPGAジュニアゴルフコーチ資格を取得し、プレーヤーとしてだけでなく多くのアマチュアゴルファーの指導にあたっている。
日本BS放送(BS11)『LPGA大人のゴルフ塾』にも講師として出演中。
【LPGA|永野 千秋 紹介ページ】 https://www.lpga.or.jp/members/info/1000592
幼稚舎~女子高時代
(前列左端:幼稚舎のバスケットボール部で)
「とにかく運動が大好きなおてんば娘。 幼稚舎ではバスケ部に入っていました。」
「バスケ以外でも、縄跳び、ドッジボール、フットベース、ずっと動き回っている女の子でしたね。ほんとサルみたいに(笑)。でも、それが今の基礎になっているのかも。」
「あと、両親が慶應のワンゲル出身だったので、小さい頃から家族で山登りやスキーもやっていました。」
(前列左端:女子高バレー部で)
「中等部と女子高では、バレー部に入っていました。この頃を思い出すと、本当に楽しかったな~(笑)。」
大学時代
「大学では、ゴルフ部かスキー部かで迷いましたが、ゴルフ部を選びました。全くの初心者です。」
(ゴルフ部の仲間たちと)
「日吉のマムシ谷をおりて行くと50ヤード程のゴルフ部の練習場があります。毎日朝早くからトレーニングをして、ボールを打って、授業があったら一応行く!みたいな・・・(笑)」」
キャディーのバイト
(ゴルフ部の仲間たちと)
「当時はバブルでゴルフ場は混みこみ。学生がゴルフをする環境も今とずいぶん違って、肩身が狭かったです。かなり遠くのゴルフ場までキャディーのアルバイトに行って、お客様のプレーの合間にやっと練習させていただけるといった感じでした。」
(ゴルフ部のハワイ合宿)
「二年生の秋からは、個人戦、団体戦のレギュラーメンバーになりました。当時、慶應は関東大学リーグのAブロックにいました。日大・専修・日体大などが強く、そうした大学にいるプロ志望の選手を間近で見て、自分がプロになろうなんて考えもしませんでした。」
(卒業アルバムより)
(川合ゼミ/卒業アルバムより)
「ゼミは、川合ゼミでした。政治なのに社会学的なことをやっていました。あまり勉強をした記憶はありませんが、ゼミの仲間はとても良い人ばかりでとても楽しかったです。」
(川合ゼミのみんなと教室で)
卒業後は?
(三越時代:同期入社のみんなと)
「ゴルフは地方遠征が多かったので、就活の時はゴルフにもなかなか集中できなくなってしまいました。ただ当時は、プロゴルファーを目指すなんて意識はまったくなくて、みんなと同じように就職するのが当たり前だと思っていました。」
「百貨店は女性の活躍の場もありそうだし、面白そうで、ご縁があって三越に入社しました。」
百貨店での楽しいOL時代
「三越では、日本橋本店のゴルフ用品売場に配属されました。売り場にも立ち、楽しく働いていました。ただ、フツーに毎日が過ぎていく一方で、何よりも好きなゴルフになかなか行けないことや、完全燃焼していない自分に少しずつ不満が募り始めていました。」
自分自身へのモヤモヤ
「子供の頃から何か目標を定めて、そこに向かってチャレンジしていく習性があるみたいで(笑)。会社員として普通に過ごす毎日が逆に不安だったり、私はずっとここで働き続けるのだろうか?とか迷い始めたりして。」
「何かに果敢にチャレンジしていない自分の中に空虚感みたいなものが当時芽生えていました。」
「学生時代になんとなく不完全燃焼のまま終えていたゴルフをもう一度突き詰めてみたい!どうせやるなら、とことんまで。ゴルフを極めるならプロしかない。やっぱりプロを目指そう!社会人1年目の年明けにはそう決意しました。」
「傍から見れば突拍子もない目標だったかもしれませんけど。私の中ではそれまでの自分を重々見つめ直した上での決断でした。」
(左から2番目:三越時代、職場のみなさんと)
「よくご両親が許してくれましたね、と言われるのですが、反対はなかったです。ゴルフ好きの父親はむしろ嬉しそうでした(笑)」
「会社の方々も、応援してくださって、当時三越がゴルフに力を入れていたので、トレーニング施設やトレーニングの先生もご紹介してくださいました。たった一年でしたが、私にとっては本当に貴重な会社員生活でした。」
プロゴルファーとして
(アマチュア時代)
「プロテストは1次から3次(最終テスト)まで1年に1回だけあります。当時はプロ志望者が多く約1,000人受験して、最終テストまで進めるのは100人、最終合格者は20位タイ迄でした。 」
「実は、1年目の挑戦でいきなり最終テストまで行けたのですが不合格。しかし、2年目以降なかなか苦戦が続きまして。3年目に最終テストで1打足りずプロになれなかった時からは、もう何が何でもプロになる!と私の負けず魂に火が点いてしまいました」
「プロになるまでは、ゴルフ場で時々キャディーをしながら練習に明け暮れました。1年に1回のチャンスを待ちながらハングリー精神を養いました。プロテストに落ちると一応新聞の求人欄とか見るんです。辛かったけど、父に受かるまで気長にやれと言われたら楽になって。ようやくプロテストに合格したのは2002年、31歳の夏でした。」
「合格した時に、学生時代からの友人が集まって盛大にお祝いのパーティーをしてくれました。研修生時代の7年間はほとんどゴルフ場にこもっていたのに、会わなくても分かり合える仲間の存在が本当に有難かったです。」
(LPGAツアー通算72勝憧れのアニカ・ソレンスタムと)
「プロになったものの、プロゴルファーって、ツアーで稼げている人はほんの一部なのです。ほとんどの選手が、毎年ツアーへの出場権を得るためにQT(クオリファイングトーナメント)という予選会からスタートします。レギュラーツアー、ステップアップツアー、プロアマのお仕事など、全国を回ります。」
(ANAプリンセスカップで初優勝)
「プロ4年目の2005年、ステップアップツアーの第1回ANAプリンセスカップで初優勝することができました。その時、大会スポンサーのANAに慶應のOBが大橋会長(当時)をはじめ大勢いらっしゃったので、試合会場でみなさんに祝福していただけました。」
「レギュラーツアーでは、15位になったのがこれまでの最高位です。」
(プライベートレッスン風景|撮影協力 HANZゴルフクラブ)
「2012年に、ティーチングプロA級のライセンスを取得しました。慶應の先輩で前LPGA副会長でもある伊藤佳子さんにすすめられたのがきっかけです。」
「指導する立場でゴルフを勉強し直してみたら、いろいろなことが見えてきました。生徒さんとのコミュニケーションが技術面だけでなく心理面にも亘ることで、自分のプレーもまた客観的に考え、分析できるようになったと思います。 」
(『LPGA大人のゴルフ塾』http://www.bs11.jp/sports/lpga-golfjuku/)
「私も出演させて頂いている日本BS放送(BS11)の番組『LPGA大人のゴルフ塾』もお陰様でご好評いただいております。再々放送が始まりましたので、ぜひご覧ください。 」
これからは?
「2015年からは『LPGA レジェンズツアー』にも参戦しています。45歳以上の女子プロゴルファーを対象としたシニアトーナメントで、まだまだ新人として頑張っています。」
「ステップアップツアーで1勝を飾った後、なかなかレギュラーツアーで思うような成績があげられませんでした。ティーチングの勉強もして 第2のプロゴルフ人生のスタートでもあるレジェンズツアーでは、もう一花咲かせたいと思っています。」
(プライベートレッスン風景|撮影協力 HANZゴルフクラブ)
「これからもツアーへの出場やレッスンを通じて、ゴルフの魅力を一層広めていこうと思っています。ゴルフ人口ももっともっと増やしていきたいです。ゴルフは健康にもいいですし、認知症の予防にも効果があるといわれています。プレーするのも観るのも一生楽しめるスポーツですから。」
93同期へのメッセージ
(近影|撮影協力 HANZゴルフクラブ)
「私は、幼稚舎から大学卒業まで、慶應義塾に16年間お世話になりました。同級生はもちろん、先輩・後輩、周りの方々に本当に恵まれましたし、導かれてきました。今ゴルフの世界でお仕事をさせて頂いている中でも、三田会人脈は本当に心強いですし感謝しています。これからは私も何かしら慶應義塾に恩返しをしていけたらと考えています。皆様、今後ともよろしくお願いいたします。」
【 編集後記 】
実はインタビューの最後に、彼女はヨレヨレになった一片の紙切れをこっそり私に見せてくれた。それは、彼女が幼稚舎時代から大切にしている福沢諭吉先生の『心訓』だった。中でも『一生涯貫く仕事を持つこと』という言葉を彼女は愚直に実践している。そんな太い信念を持った女性に(いや男性も含めて)これまで会ったことがあるだろうか。その生き様こそが、永野千秋のモットーであり、我々同期への熱いエールに違いない。(取材・編集:馬場雅敬)
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